ジュエリー制作にデザインは欠かせないものだが、最近になってデザインするということは凄いことなのだなと思うようになった。現在の匠工房の業務が、デザイナーさんからの依頼でジュエリーを制作することが主になったせいかも知れない。
元来が私はデザイン画を重視しない性質なので、ご依頼いただくデザイナーさんのデザイン画も、多くは恐ろしく「ラフ」である。「ちゃんと書いても、どうせその通りには作らないんでしょ」の気持ちがこもっていて、なんだか親しみが湧いてくる。しかし実のところは、そうした依頼の方がデザイナー・職人双方が余分な手間を掛けずに、効率良く良い作品を生み出せる場合が多いのだ。
男性女性の違いを述べるのは僭越かも知れないが、男性デザイナーは左右対称・幾何学図形にこだわりがちなのに対して、女性デザイナーは主に感性でデザインを生み出しているように感じることが多い。こうしたデザインの場合は特に、書き込まれた「絵」よりもラフスケッチと一杯の注意書きの方が「これがやりたいのだな」と理解がしやすい。
結局のところデザインには先ず「これがやりたい」という漠然としたイメージが在って、それを誰か(職人や卸し先)に伝える必要からデザイン画を描くわけだが、この漠然としたイメージを一枚の絵の中に詰め込むことは非常に困難な作業だと思う。むしろデザイン画を起こす段階で、漠然としたイメージの大半を捨てざるを得なくなってしまうことの方が多いのではないだろうか。それが功を奏すことも在るだろうが、そのことによって少なくとも「これがやりたい」という部分が、制作者である職人には伝わりにくくなってしまう。「何がやりたいんだろう」と疑問に思いながら、良い商品が作れるはずは無い。
そこで職人が何をするかといえば、大抵は頭の中でデザイン画の解析を始める。頭の中に収め切れないと思えば、紙に書くこともある。頭の中や紙に書いていることといえば、これは正式なデザイン画を起こす前段階のラフスケッチと一杯の注意書きに他ならないのだ。つまりデザイン画をほぐして、元のアイデア「これがやりたい」に戻していることになる。その作業の中で初めて「あぁ、つまりこうしたいのだな」が理解される。
自分でデザインをする職人も多いが、職人はものを作る人なので、ものを作る立場でデザインを考えてしまうことが多い。だからデザインに制約が出来てしまいやすいように思う。デザイナーで自分で作れる人も多いが、実際に作っている人は少ない。制作に時間を費やしてしまうとデザインや材料の吟味、宣伝や販売活動に支障を来すことになるからだろうが、自分で作るということになるとやはり「自分が作れるもの」にデザインが限定されてしまうという理由も大きいだろう。それよりも自由に無責任に「これがやりたい」を表現していただいた方が、良いデザインが生まれ、職人としても制作に張り合いが出来る。
良いデザインは、極端にいえば技量の乏しい職人が作っても、それなりに良い作品になる。デザインが制作をカバーしている。これがデザインの力だ。反対に良いデザインとは言えないものでも、うまい職人が作れば、それなりに良い作品が出来る。制作の力がデザインをカバーしているということだ。デザインと制作と両方の力が揃ったときに、本当に良い作品が生まれる。良い作品は、すぐに売れる。この辺りも大したもので、世間の方々の目は節穴ではない。良い作品はすぐに売れてしまうものだ。
売れるから、またさらに良いものを・・と新たな制作の計画も出来るのだ。だからデザイナーは良い職人を、職人は良いデザイナーを求めるのが必然となる。持ちつ持たれつで互いに敬意を持ちながら、良い作品を生み出して行く。それがデザイナーと職人の本当の関わり方だと思っている。