武蔵村山市に限らないが、東京の多摩地域からは晴れた日は美しい富士山を見ることが出来る。4歳の頃から立川市に住んでいたが、当時は平屋の我が家の縁側からも富士山が見えた。高い建物が無く、見通しが良かったのだ。
今思うと当時はのんびりしたもので、家の縁側から外を走る電車に手を振ったり、屋根に上って空を飛ぶヘリコプターに手を振ったりしていた。大抵は電車の運転手やヘリコプターの操縦士が手を振り返してくれた。たまには電車の乗客さえもが手を振ってくれたことも有る。良い時代だった。周囲の大人たちが共同で子供を守り育てていたような空気を感じていた。今の子供達より幸せなのかもしれない。
さて、相変わらず力の入らない手に「しっかり働け!」と檄を飛ばしながら、どうにかこうにか仕事をこなしている毎日だが、人間というのは何にでも慣れる優秀な生き物だから、長く不自由を続けていると不自由が不自由で無くなってくる。夕方になるとグッタリと疲れてしまうのは変らないが、気持ちにはゆとりと自信が蘇ってくる。
今年からの計画も熟成されて、良い形になりつつある。早く実行してみたいものだ。
