写真は本文と関係ない。ボツになったものの写真が出てきたので、お飾りで・・。依頼されたもののサンプルを作って見せたら、凄い剣幕で「そうじゃなくてエナメルの上に直接ダイアを埋めるんです」と言われ、こちらから断ったものだ。それ以来ジュエリーコーディネーターという肩書きの方からは、仕事の依頼を請けていない。
さて目の話だが、私は目が悪い。小学生の頃から近視で、メガネをかけるように言われていたが親には言わなかった。自分自身、メガネをかけたくなかったという気持ちも大きい。
だから授業などでも黒板の文字は見えず、教師の言うことだけを書き留めていた。ときどき黒板に書かれた問題に答えるよう指されると、解らない振りをした。「メガネをかけろ」と言われる結果を招くことを恐れたのだ。
それで中学・高校まで押し通したのだから無茶なものだ。どれほど視力が悪かったかというと、視力検査のときに一番上の大きい文字も見えなかったくらいだから相当なものだろう。それで普通に学校生活を送っていると、音や勘で大体のことは解るようになる。近づいてくる足音で友人ならそうと分かるし、ものを落としたときも音で位置が分かる。人間の適応力というのは、そういうものだ。
ただ遠くから人の顔を見分けることは出来ないから、外を歩くときはいつも下を向いて歩いた。人の顔を見ない。もし知っている人に出会って私がその人の顔を見て、気付かずに無視してしまったら、その人は傷つくかも知れない。人の顔を見ない習慣が人の顔を見分ける能力を疎外したのか、私は未だに人の顔を覚えることが極端に苦手だ。
コンタクトレンズを使うようになったのは社会に出てからだ。と言っても高校三年のときでもあるが、初めてコンタクトを入れた目で見上げた夜の空の星は明瞭に記憶に残っている。東京にもこんなに星が有ったんだ・・である。と共に、美しい女性が非常に少ないことにも気付いてしまった。それまで女性はほとんど全て魅力的な存在であった。
宝飾の仕事を始めてから半年ほどで、目の様子がおかしくなった。近視矯正のコンタクトレンズは遠視と同様の効果をもたらし、遠くは良く見えるが近くに焦点が合いにくい。無理をして睨みつけるように「見る」ことで、細かい部分に焦点を合せるということをやっていた。それに加えて深夜残業や徹夜によるコンタクトレンズの長時間着用は否応なく目に負担をかけた。
眼科医の診察では、角膜の酸欠によるものとのこと。当時のコンタクトレンズは、酸素を良く通さない。酸欠になった角膜に酸素を供給すべく毛細血管が発達して角膜に入り込み、それが角膜表面でコンタクトレンズと擦れて傷になったものと、私でも解る説明をしてくれた。「コンタクトは駄目です。メガネにしてください」これはもう仕方ない。
メガネの利点は着脱が容易なこと、目に負担がかからないこと。欠点はものの大きさが裸眼とは違って見えること、耳や鼻に負担がかかることだろうか。特に私の場合は視力が弱いので、レンズが重い。当時は薄型レンズなど無いから牛乳瓶の底だ。
会社を設立後数年してから、またコンタクトレンズに戻った。技術の進歩によって私のような状態の目でも安心して使えるレンズが増えたからだ。
最近は年齢のせいだろう、近くに更に焦点が合いにくく、ヘッドルーペを使い始めたら手放せなくなってしまった。
近くに焦点が合わなくなってみると、例えばブローチ金具など「高齢の方は使いにくいだろうな」と思えるようになる。どうすれば使いやすくなるか、自分で実験出来るのは儲け物とも言えよう。