まさしく幻のネックレスであろう。
このネックレスは今はもう存在しないのではないか。10年以上も前に依頼されて作った、好景気の当時でも珍しいほどの高額商品だった。残念ながら鮮明な写真は手元にない。まだデジタルカメラというものが一般に出回る前の時代だから、色あせたポラロイド写真のスキャン画像で我慢してもらいたい。このネックレスは数年前に盗難にあって、表舞台から姿を消した。
このネックレスのメインストーンは25ctのダイアモンドだ。徹夜明けの冴えない頭を励ましながら石留めをした、緊張の記憶は今も残っている。全てが完成したあと、なにしろ早朝だから納品までの時間を持て余すことになる。金庫にしまって眠ればいいのだが、眠ることが出来ない。極めて限られた人間しか、これがここにあることを知らないはずだ。しかし徹夜明けのせいもあるだろう、嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。結局、納品のために呼んだタクシーに乗り込むまで、ネックレスの入った箱をただ抱えて時間を過ごした。良いような悪いような思い出だが、貴重な思い出には変わりない。
そう、このネックレスはイヤリングとセットの商品だった。イヤリングがおまけのように感じられていたが、そのイヤリングでも2億円の商品だったのだから、金銭感覚に狂いが生じていたのだろう。今はこれほど高額な商品が作られることは無くなったが、むしろ質の良いジュエリーが生まれやすい土壌が出来てきているように思う。今の時代だからこそ、良い職人を育てなければならないのかも知れない。
