
七宝用の電気炉「Picture-1」もう30年選手だ。七宝の仕事を退職するとき先生(経営者だが「先生」と呼んでいた。私が素直に先生と呼べる数少ない人の一人)に選んでもらって購入した。その時に分けてもらった釉薬も、まだ持っている。
七宝の仕事では30cmの大皿のようなものも焼くので、大型の電気炉を使う。だからこのような小型電気炉というのは先生には面白かったらしく「パンを焼くのに丁度いい」などと言われた。実際に一度、余熱でパンが焼けないかと試したことがあるが、炉中に差し入れたパンはあっという間に炎を発して燃え始めてしまった。電気を落とした余熱でもオーブンより高温だったようだ。
電気炉や釉薬を揃えてもらって退職する時、先生に言われた「趣味で出来ればそれが一番だ」という言葉は、今は実感として私の中に居座っている。東京では最大手の七宝メーカーの創始者の一人で、経営方針に反発して辞めて一人で始めた人だ。今では普通になった技法の考案者でもある。
何にでも興味を持つ人で、私がギターを弾くというのを聞くと、すぐにギターを買ってきて教えてくれと言われた。そういう人だから覚えが早く、基本を覚えると自分で上手くなっていった。「ギターは大谷君のおかげだ」と言ってくれるのが嬉しかった。
酒好きの人で肴にも凝った。チーズフォンデュというのは、この先生から初めて教えてもらった。先生自作の鍛金の銅鍋をアルコールランプで熱して作るフォンデュはとても美味しく、二十歳を過ぎたばかりの私は夢中で食べた。たしか飲み過ぎて泊めてもらったのは、そのときではなかったかと思う。
さてこの電気炉だが、ご覧の通り15アンペアの電気を食う。他にヒーターやモーター類など使わなければ問題ないが、この電気炉をつけているときは気をつけないとブレーカーが落ちてしまう。しかしたまには使わないと、湿度のせいなのだろうか上手く焼けなくなる。仕事が一段落したら少しやってみようかなどと、久し振りにその気になっている。