読書が趣味であった私が小説を読まなくなって、もう5年になる。この5年間に読んだ本といえば、ほとんど全てが心理学関係の本だ。心理学には若い頃から興味を持っていたが、市販されている書籍や、専門に学問として心理学を研究している人達のどこか排他的な雰囲気に馴染めず、深入りすることも無く時を過ごした。
現在でも相変わらず、単なる学問として外側から人間の心理を論じる心理学というものには、ほとんど興味がない。私が興味を持つのは一般に臨床心理学と呼ばれる、生身の人間の実際の心理と向き合って、それを扱い解明してゆこうとする分野の学問だ。もちろん大学などで専門に勉強したわけではないから、書籍を探して読みながら理解していくことしか出来ない。理解していくことだけでも私には簡単なこととは言えないから、同じ本を何度も読み直す。実際に読んでいる本は5冊程度に過ぎないが、これを5年間読み続けていることになる。
こういう勉強法が身に付いたのは、いつからだったろうか。難しい内容の本などを理解しよう理解しようと頑張って読んでいると、なかなかページが進まない。そのうちに疲れて断念してしまう。おそらくは大切なことがたくさん書かれているであろう書籍の大半を、読まずに終わってしまうのである。これは非常に勿体ないことだ。だから私は、とにかく読む。小説のように、つぎつぎとページをめくって読んでしまう。全部読み終わったら、もう一度読む。これを繰り返している内に、書かれている内容が全体として理解できるようになってくる。読書百遍義自ずからあらわる、である。
また、本は乱暴に扱う。大切にしない。これもまた、いつからだか身に付いた勉強のコツのようなものだ。大事な本であっても、平気で丸める、折る、書き込む。汚れても気にしないで持ち歩く。大事なのは装丁や紙ではない。内容だからだ。装丁や紙を大事に思うと、なかなか読み始める切っ掛けが掴めない。大切に飾ったままページを開かないということにもなりかねないのだ。大切に飾っておきたいほどの本ならば、寄付金のつもりで2冊買えば良いではないか。
心理学はジュエリー制作に必要なものですか、と聞かれたことがある。必要ではないと思う。特にジュエリー制作に限って必要なものではない。だが人間にとって、できれば自分の心というものを或る程度は理解して扱えるようになることは望ましいことだと思う。私自身の経験から言えば「体調が悪い」というときの大半は、心理的な原因であるように思う。これが上手く解消されれば、それだけでもずいぶん快適に生きられるではないか。