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ジュエリー制作のことや私が住む東京都武蔵村山市周辺の地域情報・ホームページ制作

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長期では地金上昇中

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地金価格の上がり下がりが激しいが、ここ数年の価格推移を見てみると未だ上昇中と考えた方が良さそうだ。高額な地金が通常化してしまい、物作りにも「貴金属でなくても」という傾向が強くなってきた。私自身以前から考えていることだが、金やプラチナで作ったから宝飾品とかシルバーだからアクセサリーとか、それ以外の地金は工芸品だったり玩具だったり・・。なにも素材によって商品ジャンルが決まるわけでは無いはずだ。ならばプラモデルを型取りしてプラチナで作ったら宝飾品なのだろうか、とか。プラスチックで精巧な装身具を作ったって良いわけだ。

ジュエリー業界でも「高く売るため」プラチナを使いたがったり、ダイアを入れたがったりする。「ダイアを入れる入れないで売れる値段が違う」などというのも消費者を侮っているわけで、たかが500円のダイアを入れただけで売値が 1万円上がったりすることも多い。そんなことをしていたから・・と、今更言っても仕方ないがジュエリー業界の衰退は自らが招いた結果ということなのだ。どうでも良いが。

今日は大工仕事と確定申告の準備。暖かければ外で気持ち良く大工仕事が出来るのだが、今は寒いからノコギリを使うときだけ外でギコギコやって「寒い寒い」とすぐ部屋に戻る。非能率的だ。大げさに考えていたポータブル作業台だが、実際に使ってみると「ここは板じゃなくても」とか「こんなに幅は要らない」などというのが解ってきて、押し入れでごそごそやってるときにフと目に入った折畳み椅子を見た時に「これか」と閃いた。「これだ」じゃなくて「これか」なのは、何となくもやもやしたものは有ったからだ。

で、材料を買ってきてと思ったが、考えてみるとサイズが確定していない。それならばと押し入れの折畳み椅子を出してきて、分解に取りかかった。どうやら使えそうなのと、折畳み構造でありながら人間一人の体重を支える強度の仕組みが解って実に勉強になる。これでスッキリと折畳めるようになれば、ちょっとの時間でもさっと出して作業ができるようになる、はずだ。

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地金価格上昇続く

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何か忘れていると思ったら、地金価格推移グラフの更新を忘れていた。じわじわと上がり続けている地金価格だが、そろそろ見過ごせない価格帯になりつつある。特にシルバーの価格がまた90円台に突入したことと、プラチナの上がり幅が大きくてゴールドの価格に迫り始めていることが特徴的だ。

卓上用の簡易作業台も構造的にはほぼ完成して、作業をしながら使い勝手を確認している。見栄えが悪いのは当面我慢するとして、収納が今一つなのは近々見直したいところだ。もっと気持ち良くスッキリと収納したい。やはりスリ板を固定する台も折りたためるようにしないと邪魔なようだ。が、力が掛かるところだから良く考えて改造しなければならないだろう。しかしまあ面白いというか「なるほどね」と作り直した後に解ることも多く、偶然というのも思考を助ける大切な要素なのかも知れないと気付き始めた。思考のみからは自らの力以上のものは生まれないが、偶然の助けが有ると思考に新たな部分が加わる・・ことがある。

だからと言って偶然に頼り過ぎてはいけないが、解らなければ取り敢えず「やってみる」というのも選択肢として持っていて良いだろう。そもそもが頭だけで考えて「無理だ」「できない」というのが嫌いだ。やってみて問題点がはっきりしたら対策を考えれば良いのだ。最初から「できない」と言ってやらなければ、何も変わらない。

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コンビニでジュエリー販売

ジュエリー制作の企業が地域の商工イベントに出店して、一日で600万円売り上げたというような話が耳に入るときがある。「600万ですよ!」と反応が鈍い私が聞き間違えたと思うのか同じことを繰り返して言われたりするが、単純計算で「あり得るのかな」というのが正直な感想だ。だからそのときに私の頭を巡っている考えは、その話がどういう経緯で私にもたらされることになったのか。その話の出所は何処で、どういう意図によって作り出されたのかということだ。

あり得ない理由は、こうだ。地域の商工イベントでジュエリーを売るということ自体、本来イレギュラーなことで来客は高額なジュエリーを買うつもりなど無く会場に来ている。或いは事前にチラシ配布などでジュエリーを販売することを知らせていたとしても、それで多くの客を呼べるとしたら破格のお買い得商品が無ければならない。破格とは幾らか。600万の売上を作り出すためには1万円の商品なら600個、6,000円の商品なら1,000個売らなければならない。仮にイベントの時間が12時間だったとしても、合計で720分しかない。その間に600個の商品を売るには、1分12秒に1個売る計算だ。可能だろうか。しかも12時間、絶えずそのペースで・・。

2万円の商品なら300個。それでも1個あたり2分24秒。3万円なら200個で3分36秒。値段が高くなればなるほど売れる数は限定され、売る時間も掛かるだろう。むしろ有り得るとしたら600万円の商品が1個売れたという方が現実的かも知れない。おそらく商工イベントで最も売りやすい価格帯としては3,000円前後だろうから、それで600万売り上げるには2,000個売る計算だ。およそ20秒に1個・・・一日中飛ぶように売れ続けるわけだし、それだけの在庫も必要だ。3,000円の商品の原価が1,000円だったとしても200万円の在庫・・。そんな勝負を掛けるはずがない。

来客の動員さえ潤沢にできれば600円のシルバーリングを1万個売ることはできるかも知れない。原価500円で利益が1本につき100円。1万本売れたら100万円の利益だ。・・が、気が滅入りそうな商売だ。12時間だと4.32秒に1本。一人が何本も買う可能性は高いから、意外と可能なのかなとも思える。1万本のリングか。原価500円のうち地金代が300円として300万円のシルバー。キャスト上がりの磨き、1日200本としても50日。売れなかったときの損失、1本につき200円。全部で200万か。

以前、コンビニにシルバー製品を置いたらどうかなと考えたことがある。可愛いデザインで本物のシルバーで600円などの値段だったら売れるかも知れない。また、そのコンビニチェーンの新たな特徴的商品になるかも知れない。全国的に販売されれば、それだけでも商売として確立できそうなものだ。資力も気力も供給力も及びそうにないのでボツにしたが、出来るところはできるのではないだろうか。営業力に自信がある会社なら小まめに商品サンプルを開発して交渉に臨めば、試験的に置かせてくれるところも有るかも知れない。しかしコンビニ商品の原価率を知らないから言えることで、実際には600円でシルバーリングを販売できるかどうかは解らない。1,000円を越すと爆発的には売れないだろう。

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凍った雪にご用心

地震で怖いのが津波だが「高いところへ避難」と言われても、突然では思いつきにくいものだろう。住んでいるところが低地の場合は「大丈夫だろう」とタカを括らず、いざというときの避難経路を頭に入れておくべきだ。

自分が住んでいる地域の海抜は、地図サイトマピオンで知ることができる。海抜を知りたい地域を表示して地図上を右クリック(だったかな?Windowsは詳しくないので)、Macならcontrol+クリックで小さいウィンドウが開く。ウィンドウの上部または更に別ウィンドウに海抜(標高)が表示されている。ちなみに東京では港区の芝公園が海抜7m、渋谷区の明治神宮で31m、私が住む多摩地域は海抜113mだ。

昨夜は東京でも雨から変わった雪が激しく降り、今年初めての積雪となった。深夜近くには降りやみ溶けるかなと思ったが雪はそのまま残り、およそ4cmくらいだろうか溶け残っている。路面が凍結しているところも多いから、歩行も運転も注意が必要だ。ハッキリ言うが自転車は愚の骨頂だ。雪の日や路面が凍結している日は自転車を使うべきではない。

明日には溶けるか凍ってしまうだろうと思ったから、夜の内に子供と雪遊びをした。水っぽい雪だったので重かったが、子供が作りたがっていた雪だるまを作った。下の玉を大きくし過ぎて最後には割れて頭が落ちたが、落ちた姿が「怪獣みたいだ」と喜んでミカンで目を付けた。子供は手袋をしていたが私は素手だったので、久し振りに指先が凍えて湯で暖めたときの痛さを味わった。子供のころの冬は、遊びから帰ると母が湯を沸かして待っていてくれたものだ。洗面器に湯を張って手を浸すと、じんじんと痺れながら痛さが広がる。痛いが気持ち良く「いたい、いたい」と言いながら手を浸けて感覚が戻るのを待った。

雪は通勤には不便だが、東京では何となく「今年のノルマ達成」の感もある。雪が降らない年は、どことなく不満が残るものだ。昔は東京でも必ず雪が降ったからかも知れない。

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パニックすれすれのライン上

パソコンが揺れているなと思って気象協会ホームページを確認すると、やはり地震が有ったようだ。体感的にはいつだって眩暈だか地震だか解らないような状態だから、目に見えるパソコンの揺れが最も信頼できる地震センサーだ。ある程度の大きさの地震だと、気象協会ホームページも一時的に回線がパンクして繋がらなくなる。それはそれで「やはり地震だったんだ」という判断材料にはなる。

首都直下型のマグニチュード7クラスの地震が4年以内に起こる確率は70%だとか・・東大地震研究所が発表したらしい。調べてみると、どうやら単純に統計学的に算出した結果のようだ。地震予知は統計学では出来ないだろうと思いつつも、良い気はしない。どちらにしても日本に住んでいる以上は地震が起こらないということは無いのだ。被害を如何に最小限に留めるかということになるだろう。

昔は地震の時は火を消し、慌てて外へ出ないということが徹底して教育されたように思う。関東大震災の教訓で地震そのものより火事による被害が甚大だったから、先ず火を消すことを行動の一番に掲げたのだ。外へ出てはいけない理由としては、揺れている最中に外へかけ出すと上から屋根瓦が降ってくるからだ。また地割れの怖さについても関東大震災を身をもって経験した人は口を揃えて語る。地面がぱっくりと割れて人を飲み込むと、またすぐに閉じてしまうのだという。恐ろしいことだ。今は降るような屋根瓦のある家は極めて少ないから瓦は降らないだろうが、代わりにビルのガラスが落ちてくるかも知れない。アスファルトで厚く舗装された道路も、地面の割れを防ぐほどの力は無いだろう。

何の確証も無く「大丈夫だろう」と思うのは、実は常に危険にさらされている人間が正常な精神状態で生活できるための防衛的な心の仕組みだ。しかしこの「大丈夫だろう」が時として人を死に追いやる。危険を察知して素早く切り替えが効くように、常にある程度の緊張感は持っていなければいけないということだ。また必要に応じて敏速に反応してくれる身体の維持も大切だろう。思考も動きもスローモーな状態が日常化してしまうと、いざというときに頭脳と肉体の連携が出来ずにパニックを起こしてしまう。

非常識に忙しくジュエリーを作っていた頃も「パニックにならない」という目安・・ボーダーラインは常に意識していたものだ。どうしても身体の動きよりは思考の方が速いから、これが咬み合わなくなるとパニックで何が何だか解らない状態になる。思考の動きを手指の動きの上限にセーブして、パニックにならないギリギリのライン上で作業するのが常だった。異常な仕事だったと今にすれば思うが、当時のジュエリー職人は皆そんなものだっただろう。若い人達が付いてこられなかったのも・・付いて来たがらなかったのも当然といえば当然だ。

時代が流れ、あれがこっちに動き、これがあっちに寄り、そうすることで空白地帯が生まれる。今までも在ったような無かったような、特に意識もしなかった空間がそこかしこに生まれている・・か、初めて意識できるようになったか。一度、一時的に上手く行ったことに気を取られ過ぎていると、あっちに動きこっちに動く空間と共に凝縮されて隅に追いやられてしまうしかないかも知れない。自分がやってきたことなど過去の記憶に過ぎない。その過去に行った経験が今の自分にもたらしている、今も残る僅かなものこそが大切なのだ。それが残っているなら過去の記憶など捨ててしまって構わない。今在る自分をどう使おうか、それを楽しみながら考えれば良いのでは無いだろうか。

売らんがためでは無く、ただ単純に技術という形の無いものを残すために制作することを続けるのも悪くはないなと思い始めている昨今だ。手作りしか制作の方法がない時代と違い、これからは益々手作りの技術を身に付ける人は減るだろう。ただ形を作るなら機械の方が正確に作れるのは言うまでもないが、手と手工具によって物を作るという文化を失わせてはいけないと思う。・・と、地震の話から無理やり引っ張ってみたが、そろそろ掃除と作業台の調整、材料を買いに行って作業台完成までもちこめるかどうか、の一日の始まりだ。

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